『社長、お話ししたいことがあります』

経営者やスタッフを預かる店長、親方で人を雇ったことがある方なら

『社長、お話ししたいことがあります』

とスタッフから持ち掛けられたなら、十中八九ピンと来ますよね?

ああ、辞めたいって話しだなと。

辞表

正直、私も何人もこのパターンを経験しました。

ただ、一度だけそれを覆すパターンを経験した話を紹介したいと思います。

ナイフみたいに尖っては触る者皆傷つけんばかりの子が入社してきた

それは、入社当時、最年少で入ってきた20代前半のAさんでした。

  • 上下関係って意味が分からないです。
  • 先に生まれてきただけで偉いんですか?
  • 目上の人が食事に手を付けるまで先に食べちゃだめとか、お酌するとか、空いたグラスを気に掛けるとかの謎のしきたり何なんですか?意味不明っす。
  • なんでそんな気を遣わなきゃならないんですか?

入社してすぐ、思ってても中々言えないことを堂々と公言する子でした。

また指導で、ここはこうだよと指摘をするとブスッとした顔で返事もしなくなる。
(後にこれはうまく出来ない悔しさを押し殺していただけとの本人談w)

こ、これが平成生まれ、Z世代ってやつか…と身震いしたことを覚えています。

自己中マイペースを絵にかいたような、それでもどこか憎めない彼。
目上のスタッフたちも温かく、懐深く接してくれていました。

そんなある時、大学に勤務していた私の義母が定年退職に伴い職場の書籍や備品・私物を撤収する作業を仕事として依頼いただき、Aさんと一緒に対応した時のことでした。
大学の教授をやられていただけあって大量の書籍を段ボールに詰めて、車にぎっしり積み込みました。作業の合間にお昼ごはんをご馳走になりながら、義母は若いAさんを気遣い色んな話をしました。そこでAさんは結婚を間近に控えている女性がいること、この仕事で頑張ろうとしていることを話していました。義母も今日の作業の労いも含めてこれからも頑張ってね~と、義母の気遣いに照れながら『ハイ』と返事するAさん。

その後、車に積んだ荷物を指定の場所まで搬送することに。
搬送途中、ブレーキを踏んだ際に段ボールが一部荷崩れしました。心配になって運転していた私は、助手席に座るAさんに、

「ちょっと後ろの荷物見てくれる?」

と言うと、彼は後ろをチラリと一瞥しただけで

『大丈夫っしょ』

とだけ言います。
いやいやちょっとちゃんと…と言いかけて、停車しようとしているうちに信号は青のまま停車も出来ず、目的地もあとわずかだったこともありその場はそのままに。

「大事な荷物なんだからもうちょっと気遣ってくれよ~」

現地に到着して彼に言いながら慌てて荷台の段ボールを確認する私。後ろからAさんは『大丈夫だったでしょ?』と。

ふ~やれやれ、どうやって指導していったらいいものかと家に帰って思案していると、義母から連絡があり「作業のお代金とは別に、Aさん結婚も控えているっていうから心ばかり(寸志)を渡したいの」と言うではありませんか。

内心、私は「彼、義母の大切な荷物が荷崩れした際にぞんざいな対応してたんだけどね…」と思いましたが、受け取って彼に渡すことにしました。


またちょうどその数日後、私とAさんを含めたもう一人の若手Bさん(Aさんより2歳年上)と現場を共にし、現場終わりに道具を撤収し、あいにくの雨に濡れながら車に道具を積み直ししようとした際でした。
同じ若手とはいえ、年上のスタッフが雨の中せっせと道具を荷台に積み込んでいるのをよそに、彼は早々に助手席に乗り込んでスマホを見始めていました。

当然私は

「一緒に積み込みしないのか?」

とたしなめるように聞くと、彼は

『次の目的地のナビ調べてるんで』

と言います。

「いやそれでも雨降ってるんだし、(年上のとは言いませんでしたが)Bさんが積み込みしてるんだから、むしろ君の方が気遣って率先して積み込みするべきじゃないか?」

と続けると

『いやBさんは別にいいよっていつも言ってくれてるし、この関係性で僕とBさんは上手くいってるんでいいんです』

と言うではありませんか(人が良すぎるぞBさんw)。

私「いくら相手がいいよと言ってくれているからといって気遣いを一切しなくていいという問題じゃないぞ。Aさんはもっと回りに、いろんな出来事にも気遣いをした方がいいぞ」

私は看過できず彼に伝えました。
入社来、自己中とも取られかねない彼に、時に遠回しにも伝えてきていましたが。
すると彼から帰ってきたのは

A『どうして社長は僕にもっと気遣いしろ気遣いしろって言うんですか?僕は周りに僕に対して気遣って欲しくないんです。気を使われるのが嫌なんです。頼んだ覚えもありません。だから同じように気を遣わなくてもいいって言ってくれているのであれば遣わなくていいじゃないですか⁉』

私「個人的に変に気を遣われるのが嫌だという君の気持はわかった。でもな、サービスマンである以上、常日頃から周囲に、相手に気遣いをする習慣と行動は身につけなければならないよ。何より、気遣われるのが嫌だという君自身も、気付いていないところで、周囲からの沢山の気遣いで日常が成り立っていることを知った方がいいぞ」

A『ちょっと何言ってるかわかりません…』

私「先日の件もな。私の義母とはいえお客様だ。そのお客様が結婚を控えたAさんの身の上話を聞いて応援の気持ちとお礼として心ばかりをいただいているよ。この仕事、この会社でぜひ頑張ってねと。そんな気遣いをしてくれていたお客様からお預かりした大切なお荷物が荷崩れした際に君はどういう対応をした?」

A『……』

私「気づかない周囲の気遣いで気持ちよく日常を送れている、時に押しつけがましく感じることもあるかもしれないが、そういった気遣いに応えられる人間になって欲しい、自分でも気遣える人間になって欲しくて言ってるんだよ」

A『……ちょっとよく呑み込めずにいます…』

私「わかってくれるといいけどな。まあ自分なりに今回の件も受け止めてみてくれよ」

A『……』

そんなやりとりでその場は終わりました。
はっきりと伝え過ぎたかな…でもあそこで伝えないとな…もっといい伝え方が出来なかったか…と私もモヤモヤとしていました。


翌日彼は休みでしたが、そんな彼から電話が入りました。

『社長、今どこにいらっしゃいますか?話しがあるので伺ってもいいですか?』

私は、ああ来たな、こりゃあ辞めさせてくださいと辞表を持ってくるな…芯は純粋な面のあるいい子だったけどな…わかって欲しかったけどな…と残念に思いながら彼が来るのを待ちました。

やって来たAさんに、まず先にお預かりしていた義母の心ばかりを渡しました。彼は気まずそうに受け取ると、

『これ義母さんに渡してください。』

と粗品と思われる包み箱と手紙を渡してきたAさん。

『その手紙は社長にも読んで欲しいので、読んでから義母さんに渡してください。それじゃあ。』

といってAさんは帰っていきました。

え、読んでいいの?と思いながら手紙を取り出すと、お世辞にも綺麗とはいえない拙い筆致で書いてありましたが、読むと、

要約するとそこには

  • 自分は義母さんの大切なお荷物が崩れた際にすぐに動かず、大変失礼なことをしてしまいました。
  • 本なんだから落ちたって多少のことは問題ない程度にしか思いませんでしたが、自分の価値観だけで、大学の先生であられた義母さんの本に対する想い入れに思いが及ばなかったことに自分の未熟さを痛感しました。
  • そんな私に、前途を祝って、期待をこめて心ばかりをいただけるとのこと、恥ずかしく思いました。
  • 人の優しさや繋がりをご教授いただけたような気がします。

というような謝罪と内省と感謝の内容が便箋二枚に渡り書いてあるではありませんか!?

てっきり、辞表を持ってきて辞めさせてくださいと言ってくるものだと思っていた私にはまさかまさかの展開でした。

仮に、悪かったな、至らなかったなと思うところがあったとしても、それをここまではっきりと認め、ここまでの形として行動に移すことはなかなか出来るものではありません。


そんな彼も今では社内で最もお客様から口コミ等の高評価を得るスタッフの一人になっています。
常に会社全体のこと、スタッフ全員に気遣い、気配りをして率先して行動し、一目も二目も置かれる存在になりました。

この一件について、私が感じたことは上手く表現できませんが、

私が彼を変えたわけではないということです。

彼のもともと持っていた純粋さや生真面目さがいい形で表出してくれたということです。

しいてこの一件で、自分でも良かったなと思うことは、以前の私だったら頭ごなしに「お前、舐めてんのかっ⁉そんな態度ありえへんぞ⁉この仕事向いてへんわ!」と叱り散らしていたかもしれません。それなりに言葉では伝えてはいましたが、いずれ彼はそれがわかってくれる人間だと信じ、彼の気づきを待つことができたことかなと思います。
結果論かもしれませんが、以前の過ちを繰り返さなくて良かったなと。

この時の手紙は写真を撮って今でも大切に保管しています。このブログを書くにあたって久しぶりに見返してみて当時のことが懐かしく思い出されました。
(もちろんその手紙の写真は非公開ですw)