人間万事塞翁が馬

座右の銘は何ですか?と聞かれれば『人間万事塞翁が馬』
昔々、中国の北の方の国境に、占いが得意な老人(塞の国の翁=老人)が住んでいました。この老人親子は、多くの馬を飼って暮らしていました。
ある日、老人の子が飼っていた馬のうちの一頭が、突然逃げ出してしまいました。近所の人々は、馬が逃げたことを聞いて「ああ、お気の毒に」と老人に同情しました。しかし、老人は少しも悲しそうな顔をせず、「これがかえって良いことかもしれませんよ」とだけ言いました。
それから数ヶ月が経ったある日、逃げ出した馬が、立派な駿馬を連れて、突然戻ってきました。それも一頭だけでなく、数頭の馬を引き連れてきたのです。これを見て、近所の人々は「これは素晴らしい!」と老人の幸運を喜びました。しかし、老人は喜びもせず、「これがかえって悪いことかもしれませんよ」とだけ言いました。
ある時、老人の息子が、新しく手に入れた駿馬に乗って楽しんでいました。ところが、その馬から落馬してしまい、足をひどく骨折してしまいました。近所の人々は「ああ、やはり言った通りだ」と老人に同情しました。しかし、老人はこの時も悲しそうな顔をせず、「これがかえって良いことかもしれませんよ」とだけ言いました。
その一年後、北方の異民族が攻め込んできました。国は若者を徴兵し、戦場に送り出しました。多くの若者が戦死しました。しかし、老人の息子は足が不自由だったため、徴兵を免れることができ、命を落とさずに済みました。
この「塞翁が馬」の故事は、中国の前漢時代に書かれた思想書『淮南子(えなんじ)』に収められているエピソードらしい。
人生の幸不幸は予測できず、良いことと悪いことも表裏一体だという教訓であり、
目の前の出来事に一喜一憂せず、長い目で物事を見る大切さを説いていると言われています。
もっと物語風に読んだ記憶
私はこの故事を座右の銘にしたのは、遠い記憶で漫画だったか小説だったか、もっと物語風の物を読んで深く記憶に刻まれたことを覚えています。
それは上記よりもっとこんな感じです。
塞翁の息子は周囲からはダメ息子のレッテルだった。そんなダメ息子は大好きな馬の管理を任せられていたが馬を逃がしてしまい、周囲から使えないやつだと非難された。
ところが逃げた馬はとても可愛がっていた馬で、その馬が駿馬を連れて帰ってきてくれた。
ダメ息子はドヤ顔するも、周囲からは運が良かっただけだ!調子に乗るな!と評価は上がらない。
(塞翁『好きが結果に!』『運も実力のうちじゃ!』)
ダメ息子はその駿馬を調教しようとするも振り落とされて大怪我をしてしまい、これまた周囲からは嘲笑されてしまう。
(塞翁『どんまい!』『まあ経験だな!』)
そんな中、隣国で戦争が起きた。ここでダメ息子は汚名返上、名声を上げるチャンスも怪我のため戦に参加できない。
周囲は手柄を立てて一攫千金、名を上げるチャンスだと夢を掲げて、戦に出れないチャンスを逃すバカ息子を嘲笑しながら戦場に向かった。
(塞翁『戦で名を上げるだけが立身出世の道ではないぞ!』)
ダメ息子は戦に出れない自分が悔しくて情けなくて仕方が無かったが、戦に出れない時間を勉学に当てた。
(塞翁『チャンスに備えよ!』)
すると名声を夢見て戦に出て行った同期の若者たちは皆、戦場で命を落としてしまったことを知る。
その後、戦が終わり平静の世が訪れると政治の力が求められ、ダメ息子は勉学の甲斐あって取り立てられることとなった。
塞翁のスタンスは常に『ピンチはチャンス』『雌伏の時』『いつかお前の力を発揮できる時が来る』と自己肯定感アゲアゲの言葉をバカ息子に投げかけていた。
みたいなダメ息子のサクセスストーリーと塞翁のメンター視点を説いた話しだった(ビジネス雑誌か何かで読んだ記憶)。
自身の人生と重なる
私は長野県で生まれ育ち、大学出て1年も経たずに父親と一緒に東京へ出て起業をした。
後から兄も合流してきて一緒にやることになった。
23~24歳でサラリーマン経験すらろくに無い中で起業し事業経営をすることになり、当然のことながら食うや食わず。
同世代がサラリーマンとして安定した収入でワークライフバランスを謳歌する中で、休みも無く金も無く日々食べるために仕事に没頭せざるを得なかった。
世間知らず、ビジネススキルの無さを痛感する日々の中で、伸るか反るか、生きるか死ぬかの決断の連続。
当時独身だったこともあったが西日本を開拓せねばと私が立候補して大阪に出た。
そしたら大阪で今の嫁と巡り合った。
安定した収入を得られるようになった。
この会社を支えているのは自分だという自負があった。
でも兄に会社を譲ってその会社を去って、今に至る清掃業でまたゼロから起業した。
そしてまた清掃業甘く見てたわ~という苦い経験をし、紆余曲折ありながら今に至っている。
正直、
なんで俺が大阪に?
なんで俺が身を引いて会社を去らなければならないのだ?
あのまま会社に残っていれば…
なぜ清掃業を選んでしまったのか?
という憤りや不遇感、後悔の念を持ったことがその時々で無かったと言えば嘘になる。
しかし、今はまったく不幸だとは思わないし、むしろ良かったと思っている。
色んな出来事に遭遇し、色んな決断を迫られる人生
個人でも法人でも事業主になると答えのない事業経営を自身で判断・決断して行かなければならい。想定外の出来事の連続でもある。
清掃業で開業した人の多くは、事業経営者としても、現場の職人としても未熟な状態で事業をスタートしてしまっているものだからなおさらだ。
ぶっちゃけ清掃業で開業する人の多くは、それまで順風満帆な人生を送っていた人よりも逆のパターンが多い。
何が言いたいかって、周囲の声は大事にしつつも決断するのは自分自身だし、どう行動したとしても、結果は誰のせいでもなく自分自身が導いたことと受け入れるしかない。
また、その結果も、その結果が出た時点では良いことか悪いことかの判断は出来ないこともある。
遠回りしたようで近道だったと後でわかることもある。
不幸だと思っていた決断や行動や結果が、幸運だったと思える時が後で来たりもする。
まさに『人間万事塞翁が馬』だな~と思うことだらけ。
おわりに
ちなみにこの人間万事塞翁が馬の『人間』は『にんげん』ではなく『じんかん』と読んで、『にんげん』という人という意味ではなく『じんかん』=人の世・世の中という意味だそうです。
『にんげんちゃうで、じんかんやで!』とドヤってくださいw